あ、これって

と思って、なんか茶化そうかと思ったけれどホーマーの目が本気すぎて出来なかった。
笑おうとして口を歪めるけれど、多分上手く出来てないねコレ。
くそう今どんな顔してんだ俺。とりあえずもう一度手を振りほどこうともがいたけれど、ホーマーの腕力に敵うはずなんてないんだ。




迂闊だった。
誰かに傷つけられることなんて間々あることで、まあ、それでも健康すぎるくらいの生活はしていけたし、逆に救ってくれる人がいたりもするから、それはいいんだ別に。俺は。
でもホーマーは有難いことに(本当に、涙が出るくらいに)そういうのを俺以上に怒ってくれる奴だったから、奴だったから、俺は傷を隠したりするわけで。

余計怒るって知ってた。
でもホーマーが思っているよりはおそらく、俺はずっと嘘つきだし、意外とバレないで来てた。  んだけども。

色んな人に絡まれたことがあるけど、ナイフなんて物騒なもの持ってる人たちはさすがに珍しい。
よくある挑発に、いつもの角の立ちにくい(と俺が勝手に思っている)態度を取ったら、しゅらり、この時ばかりはいつもの薄着を恨んだ。鳩尾のあたりを熱が走って、さすがに青ざめて猛ダッシュで逃げた。
後ろで笑い声だけが聞こえて、幸い奴さん達は追いかけてこなかったけど、皮膚が裂かれた所からトクトクと血が垂れていた。
傷はそんなに深くなくて、しばらくしたら血も止まったし、運動部らしく当然のごとく替えのTシャツは持っていたから、さっさと着替えて部活に勤しんだわけだけど。
…迂闊だった。いつも通り最後に片付けをして一人部室に戻ったら、いつも通りホーマーが一人ベンチに座ってアメフト雑誌を読んでた。
有難すぎるいつも通りに気が緩んだのかもしれない。
ホーマーの真ん前で、俺は汗を吸ったTシャツを脱いだ。

おい

と呼びかけられた声が、やけに刺々しくて、咄嗟に女の子が胸を隠すみたいに、腕を前にやった。やろうとした。やりきる前に両手首を掴まれた。
力任せに胸を開かれる格好にさせられて、その勢いのまま、背中がロッカーにぶつかった。鳩尾の赤い線に、視線がぐさぐさと刺さる。
「な、に…?」
何じゃねぇだろ、とすら言われなかった。ああ、怒ってる。ものすごい怒ってる。
目から手から、怒りがじんじんと伝わってくる。
どうしようどうしよう、あやまればいい、わけじゃないのはわかってる。でもどうすりゃいいんだ。
と思っている俺がいる一方で、ぼんやりとまるで他人みたく呑気で冷静な俺が、 あ、これって とか考える。(この緊急事態に!)





あ、これって、


二人きりの部室、上半身裸の俺、封じ込まれた両手。
…これって。
一瞬浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えに、嫌気がさす。そんなことよりも、だ。

「…ッ!?」
頭が明後日のほうから帰ってきたときだった。ホーマーの顔が傷へと近づけられたのは。
手はもちろん俺の手首を管理したままだ。
体温が、空気を介して伝わるくらいの距離で眺められる。
綺麗な金髪や、いや、下手したら髭が、触れそう。
吐息が、かかっ






体が震えた。
…ていうか、震えてる。

まずい。 いやだ。
太腿の辺りが熱くなっている自分が嫌になる。
馬鹿だ。きっとさっきあんなこと考えちゃったからだ。ホーマーに気づかれたらどうしよう。
そう思うと緊張でますます体が熱くなる。
頼むから気づかれませんように。気づかれませんように。
指を組んで拝みたいけど、それすらもできなかった。