誤測


お前、見誤らせたな。

天にも上るような気持ち。が、どんな風かと言えばきっと今みたいな気持ちだ。今、今ちょうどクリフォードに声をかけられる直前、までの気持ち。

日本との最終決戦を終えて、俺はプロへの切符を手に出来た。一年前には考えられないような幸運、かみさま感謝します。
大会が終わって選抜チームもペンタグラムも一度解散なので、ホテルで軽く打ち上げをした。
方々から貰う、おめでとうの言葉とハグに、満ち足りた気分に浸っていると、モーガンさんに呼ばれて、これから色々手続きがあるからお前はまだ少しこっちに居ろ、と言われた。ああ、始まるのだ。本当にこれから始まるのだ。打ち上げが終わっても胸の高鳴りは収まらずに、天にも上るような気持ち、そのままでベッドのある部屋に戻る。

部屋はクリフォードと同室だった。
普通、ポジションごととか、ABC順だったりするけど、俺とクリフォードは最初に会見をした時、他のメンバーに先駆けてこっちに来たから、その部屋割りのままでずっときている。
クリフォードは俺より先に部屋に帰って来てて、打ち上げの時の服装のまま、壁にもたれて立っていた。
俺がドアを開けた音に気付いて、まずチラリ、と視線がこちらに来た。目が合う。先帰ってきてたんだ、とかなんとか、声をかけようとした時だった。


「お前、見誤らせたな」

鳥肌がたった。
言い方も、視線も、ゾッとするような冷たさで、身体が硬直する。

え、  え?

何?
怒って、る??

今までほかほかしてたのが、一気に氷点下になったみたいに、末端が震えそうになる。
クリフォードがその身を壁から起こして、視線が更にグサグサと刺さった。
…こわい。狩人の眼だ。
雰囲気を和らげたくて必死で言葉を探す。怖がっちゃ駄目だ。何か、何か話しかけなきゃ。

「え…、なんか、怒ってる…、の?」
結局絞り出せたのはそれで、言ってから(ひょっとして俺がMVPとったのに嫉妬してる?)とか一瞬思ったけど、まさか。クリフォードがそんなことでこんなに怒るはずがない。
実力主義者のクリフォードは、いつだって結果に対しては謙虚だ。
だからこれは違う、けども原因が分からないから余計に焦る。
一声かけても、クリフォードからは相変わらずジリジリとしたものが発せられるだけで、それがじくじくと俺を刺し続けるだけだった。
「ああ、腹が立っている」
クリフォードは低いトーンのまま、淡々と答えた。
そこら辺で、ああそう言えば、カジノでヒル魔に逃げられた時、少し似た様子だったと思い出した。
ヒル魔みたいなこと、俺何かしたっけ??
見誤らせた?
俺が?誰を?いつ??


不意に空気が弛んだ。
クリフォードは俺から視線を外して、一度ゆっくりと瞬きする。
「腹が立ってるのは自分にだ」
クールで淡々としているけど、いつもの話し方だった。じくじくと刺すような空気もなくなって、俺はほっと肩をなでおろした。
「なんだびっくりしたよ〜、俺がなんか怒らせるようなことしたかと思っちゃったじゃん」
ふう、と息を吐くと、――ていうか息、止めてた気がする――クリフォードが僅かに笑う。

「モーガン、なんだって」
ベッドの端に腰掛けて、クリフォードが尋ねる。
「あ、もうしばらくこっち居ろって。手続きとか色々、こっちでするからって。ばーちゃんやアポロさんに連絡しなきゃ」
「へえ」

モーガンさんから聞いた今後の予定を書き留めるために、バッグからノートを取りだそうとクリフォードに背中を向けると、背中側から驚きの一言が投げられた。

「俺も残る」

「え」
驚いて振り向くと、クリフォードは上体をベッドの上に寝かせていた。
「…学校は?」
「進学はもう決まってるし、単位も取れてるからどうとでもなるんだよ」
さっすが…。でも残って何すんだろ?
口に出してもいないのに、まるで俺が思ったことが伝わったみたいに、クリフォードは続けた。

「お前がプロになる過程を見届ける」
「へっ!?」
驚きの余り声が裏返ってしまった。
「前例のないことだ。見ておいて損はねえだろ。自分がプロになる時の為にも」
継ぐ言葉が見つからなくて、ぽかんと口を開けたままの間抜けな顔で、クリフォードのほうを見るしか出来ない。
数秒の静寂。
「嫌か」
「え、あ……頼もしいけど…」
「嫌と言われてもやるがな」
…いつものクリフォードだ。



この時既に、俺とクリフォードの関係は変わっていたんだろうと後になってから思うけど、その場で俺になんてわかりっこなかったんだ。
だって相手はあのクリフォードだよ?
だからその目が、まだずっと獲物をつぶさに観察する狩人の目だったなんて、俺は気づいちゃいなかったのだ。