次は無い


前の足音と、自分の足音と、後ろの足音を、東仙要は聞いていた。
隊長の背中がイライラしてる。
見えるわけではないがよくわかった。一歩、二歩、三歩。前の足音が止まった。


「アァァ!もー!ウッゼーな!!とっとと帰りやがれクソ餓鬼ども!次は死ぬぞコラァ!」

六車が後ろを振り返り、低い声で空気を震わせて怒鳴ると、子供達が蜘蛛の子を散らしたように逃げてゆく。が、少し離れた辺りで止まった。
六車が再び歩き出す。東仙も歩き出す。先程よりも遠くなった足音も、また一緒に歩き出した。六車が盛大に舌打ちをした。

「チッ…坊主どもが」
「…ついて、きてますね」

一つ、霊圧を感じた。子供達の中に、霊力を持つものがいるらしい。

「東仙、」
「はい」
「散らしてこい」
「はい」


***


檜佐木修兵は木の影から覗き込むようにして二人を見ていた。さっき怒鳴られた時に距離をとったせいで、よく見えない。しかし近づいたらまた怒られるだろう。危ない、ということはいくら子供の自分でもよくわかっている。ただ“強い”彼らの近くにいれば安全だろうという打算もあった。

「…よく見えねぇ」
一層、首を伸ばして目的の人物を見ようとする。茂みごしに人が一人、しか いない…?
「あれ?」
「君、」

何の前触れもなしに肩を掴まれ、修兵は鶏のような叫びをあげた。あまりに気配がなかったので、腰が抜けて尻餅をつく。見上げると先程まで六車と一緒にいた、ゴーグルの男だった。地面に尻をつけたまま喚く。

「あ、…あんたっ、いつの間に…!?」
「………そこまで驚くとは思わなかったな。いや、すまない。ほら」

東仙は手を差し出して、目を丸くした修兵を起こしてやった。ついでに、体についた土を払ってやる。

「あ、ありがとう…」
「どういたしまして」

奇抜な外見と裏腹の、落ち着いた物腰や、穏やかな声音。妙な人物の唐突な登場に、修兵はポカンと口を開けている。一通り土を落とすと、東仙は正面から修兵を見下ろした。なるほど、霊圧を放っていたのはこの子供か。

「さて、帰らないのか?君達は」
土を払い終えた東仙が、ストレートに尋ねる。修兵の目つきが些か反抗的になった。
「別に…。この辺、よく知ってるし」
「また虚が出るかもしれない。危ないよ」
子供じゃあるまいし、んなことは言われないでもわかってらぁ。
と口に出すのはさすがに子供地味てるのでやめたが。
変わりに沈黙すると相手もしばらく口を閉じた。

「君、さっき隊長に助けてもらった子か」
「………」
「それで追いかけてきたのかい?」
「………」
「だったらなおの事帰るんだな。命は粗末にするものじゃない」
「………」
「我々の隊長は強い人だが、いつも君達を守れるとは限らない」
修兵は口を開かなかった。会話をしたら、逆に言いくるめられそうな予感がする。
目の前の子供の頑固な様子に、東仙はまた少し黙った。細く、ため息を吐く。ゴーグルの下で、眉間に皺を寄せて、言った。




「死ぬよ。次は、本当に」








やたらと感触がある言葉だった。
ぞろりと撫でるように、肌に触れた気がした。たった一言で、足の裏から恐怖が這い上がってくる事を、修兵は初めて知った。
鳥肌が立っている。
脅しでもなんでもない、ただ純粋に述べられた言葉だった。紛れも無い事実を、口にしただけ。

「だから早くお帰り」
修兵を通り過ぎた悪寒のことなど、知ったこっちゃないという風に東仙は付け足して、それとなく帰路の方へと促した。
先程感じた恐怖と、静かながらも強固な意志を東仙に感じて、修兵は渋々と頷く。この人を前に、安い好奇心が萎えたというか。体を反転させた後、名残惜しそうに東仙と、その遥か向こうにいるだろう六車の方を見た。

「ねぇ…あんた達、またここらへん来るの?」
一歩目を出す前に、東仙に尋ねた。ふ、と東仙が自嘲するように笑った。マスク越しながら、修兵にもわかった。
「それはわからない。私達とていつ死ぬかもわからない立場だ」
ああ、だからこの人はさっきみたいな風に言えるのかな。修兵は無言で思った。

「ひとつ言えるとすれば、また会えるとは、思わないほうが良い」


***


茂みの中へ顔を向けて、友人の名前を呼ぶ。ほとんど四六時中共にいる、肉親のような仲間だ。
ひょこ、ひょこ、と出た見慣れた顔が、修兵を確認するなり駆け寄ってくる。

「どうしたの修ちゃん」
「もう帰る」
え〜!?と仲間から、不満の声が上がった。
「なんだよ、追いかけようって言ったの修ちゃんじゃねえか」
「うっせ。帰るったら帰る!」
「ちょっと、…待ってよぉ〜」
「勝手だなぁ…」
聞く耳を貸さずにスタスタと住家のほうへと歩き出す。
あの人の言ったことは“本物”だと確信があった。でもそれは、自分だけが知ってればいいと思った。


***


一つ小さな霊圧が離れてゆくのを感じて、六車は東仙が子供達を追っ払ったことを知った。数秒と掛からず背後に気配を感じる。足音がほとんどせず、体重を感じない。この男はいつもそういう風に歩く。
「おう、ご苦労」
労いの言葉をかけると、無言で礼を返した。

「手間取ったか?」
「いえ、素直でしたよ」
何でもないという風に東仙が述べて、六車は黙って歩き出した。

東仙の霊圧は常に感じていたが、感情に揺らぐようなことは全くなかった。どうせいつもの如く、淡々と子供達を諭したに違いない。すぐに怒鳴る自分とは正反対だと、常々思う。
そういう男が部下にいることが、誇らしくもあり、不愉快でもあった。もとよりあまり馬の合う相手ではないと、転任時から思っている。けれど東仙が有能であることは確かであったし、逆にそれが何となく気に食わないのも事実だった。

「隊長のほうは、何かありましたか」
「いや、今の所さっぱりだ」
「そうですか」

チクショウ、いつか本性顕れねぇかな。
意識せずに速足になるが、後ろの足音は離れることなくついてくる。



影が、だいぶ長くなっていた。