再測






腹が立つ。
クッソ腹が立つ。

短気だとはしばしば言われるが、自分でそうだとは思ってない。
時間をかける必要のないことに時間をかけ過ぎる愚図が、世の中に多すぎるだけだ。
世の中腹が立つことは山のようにあるが、それでもパンサーに関しては、比較的腹を立てることは少ないほうだった、はずなのだが。

今は腹が立つ。
無性に腹が立つ。
何時からだ?何かがチリチリと胸を灼きだしたのは何時、
あの時だ。日本との決勝戦が進むに連れて、パンサーがあの小柄なアイシールド21を見つめる眼を覗き見た時。
チリチリ。ジリジリ。
不快には思ってなかったはずだ。あの時、あの瞬間では。
けども、妙な寂寥感、ああそうだ、MVPが発表され、あいつが皆に取り囲まれた時も。
胴上げされ、ハグを受け、頭や肩に触れられながら近づいてきたパンサーは、俺には微笑んで、手だけを差し出した。俺が過剰なスキンシップ(つまりハグや肩を組んだりだ)をあまり好まないと知っている。拒否する理由もないのでその手を取って握ると、満ち足りた笑顔をより深めた。

そうだ、そこまではまだそんなに苛ついてはなかった。
ただ、違和感。違和感が焦げ付き出す。
何かがスルリと手から零れ落ちていく感覚。その上零れ落ちたのが、なんなのかすらわからない。
わからない?この俺が?
零れ落とすだけでも不本意だというのに。

時間が立つにつれて増幅する。
グツグツ、重たい溶岩のように、ゆっくりと吹き上がり、けども噴火には至らない。爆発するには捉えられるところが少ない。
打ち上げの時も、パンサーは祝福に囲まれ、訪れた春に頬を緩めている。

「クリフォード、お前ね、もっと嬉しそうに出来ねーの?」
寄ってきたバッドに言われる。
「まー気持ちはわからなくもねぇけど。やー、クリフォードもなんでもコントロールできるってわけじゃなかったんだなぁ〜」
アルコールが入ってもいないのに酔っているらしいので、水をぶっ掛けてやろうとしたが、そそくさと逃げられた。
「祝いの場だ。あまり怖い顔をするな」
相変わらずのニヤけた顔でそう言ってきたのはドンだ。
「妬いてるように見えるぞ」
「妬く?まさか」

―――まさか?
言って自分で、妙に気になる。
むしろ納得している。納得しすぎている。
モーガンの提示した条件は、スカウトの目に留まりにくい外国の選手ならまだしも、順調にキャリアを積めば、他の平均的な高校生よりはよっぽどそこに手の届く可能性を持っている自国の選抜メンバーにとっては、そこまで魅力的とは言い難かった。
プロへ行くまでは良い。問題はその後だ。下手すれば人生でアメフトをやれる期間が、逆にごっそりと削り取られかねない。
それを知ってか知らずか、けれどもここまで素直に喜べるなら、そいつはきっと、この事態にふさわしい。
そういう器だ。

そういう器を――


ジリジリ。
チリチリ。
苛立ちが高まる。

部屋に戻っても一人だった。
同室の男、パンサーは、今後についての話をする為に部屋を出ている。
パンサーのベッドの側の、まとまっていて、少ない荷物。
会見後、大会になってもパンサーとの同室を希望したのは、部屋を散らかさないからだ。パンサーはその聞いていた成育環境のわりには躾も、人当たりも良かった。
正直初めて会った時には、少し物足りないと思ったくらいだが、手元に置いとくには悪くないと―――


見誤った。

見くびった。






答えが見つかった瞬間、枕を窓に向かって叩きつけてた。
何故手元に置いとけるなどと思った…!
己の器を、見誤ってた阿呆を余所に、軽やかに駆けていく生き物。
飼える生き物じゃなかった。
尻尾を振って、撫でてくる手に目を細め、甘えた声で鳴く、だがしかし畜生、猛獣の、その名を冠していたじゃねぇか始めから!!

その牙を、爪を、研ぎ澄ますのは俺だと、馬鹿か!
野生の獣の牙は、とうに鋭かったと言うのに。
何者の干渉も、俺のすら受け付けない、あれが従うのは本能だけだ。
まるで誰かのおかげで生きているような顔しやがって、その実何も、何もいらねえくせしやがって…!

…ふざけんな。許さねえ。
床に落ちた枕を拾って、ベッドのほうへ放る。原因がわかったらその先だ。何をしたらこの怒りが鎮まるか。

俺は――知りたい。
この俺の眼を曇らせたものの正体を。
俺が最も軽蔑する、物の価値がわからない馬鹿野郎に、事もあろうか俺自身を引きずり下ろしたものの詳細を。


「お前、見誤らせたな」

部屋に戻ったパンサーに、開口一番ぶつけると、パンサーはひどく怯んだようだった。
幸せに緩んだ表情に瞬時に緊張が走るのに乗じて、本当は殴り付けてやりたい位だったが、今はまだ、その時じゃない。
「へっ」
上ずった声。必死に笑顔を作ろうとしてるらしいが、うまくいってねえよ。
自覚があるから引き攣るのではないか。分かっていてやっていたのではないか。
グツグツ。
爆発寸前で、噴き上がりそうな中、見逃すまいとつぶさに観察を続ける。
「え…、なんか、怒ってる…、の?」
流暢に回らない口で、パンサーは俺に問う。
「ああ、腹が立っている」
パンサーもチラチラと俺を観察している。
こちらの状態を伺っているか、――逃げ方を考えてるか。
後者だったら今仕留めなけりゃなんねえ。

しばしの沈黙、パンサーの怯えが僅かながら徐々に鎮まっていく。どうやらひたすら、俺と自分とのやり取りを回想しているらしかった。
そこで初めて視線を外す。

なるほど。オーケーだ。
どうやら元凶は、お前自身も窺い知れないところにあるらしい。
「腹が立ってるのは自分にだ」
そう告げると、パンサーは長く息をついた。余計な事をして再び火の粉が巻き上がるのを避けたいのか、それ以上の追及はしてこなかった。
安心した顔を見ると、何故こんな男にここまで苛立たせられるのか、自分でも馬鹿らしくなってくる。
だが、もう騙されねえ。逃さない。絶対に。

――お前が何者か暴いてやる。


終わりっつーのはいつだって幕開けだ。
この大会がただの余興にならなかったことに、とりあえず満足しようじゃねぇか。
解らないもの、手に入らないもの、そいつを全力で追い掛けて仕留める事。
それは本来、俺の大好物なのだから。