月が美しい夜はどうしてもあなたのことを思い出してしまうのです




尋常じゃない早歩きだ。
夏の夜の湿った空気もあって、じんわりと汗ばんでくる。
自分も決して歩くのは遅いわけではないが、大和の足の長さでやられると、流石に付いていくのが少々難しく、いつもは片手に持っている本も、取り出す間もなく鞄の中に入りっぱなしになっていた。
が、当人はどうやらそう意図してやっている自覚はないらしく、ずんずんと帰路を進んでいく。

興奮しているのかもしれない。
部員揃って、学校で試合中継を見た後だった。
国際試合は確かに珍しいし(例え春大会で早々に負けたチームのゲームであっても)、見る価値は多分にあったように思える。
こと、招聘されたチームのRBは素晴らしかったと俺ですら思ったので、同じポジションである大和には、内心燃えたぎるものがあったのかもしれなかった。

けれど。
興奮している大和ってこんなに静かだっただろうか。
試合を見ている間も、帰路に入ってからも、いつもよりずっと言葉少なだ。
もっと、どこが素晴らしかったとか、自分ならこう対策するとか、そういうディスカッションを好むのが大和だと、俺は思っていたが、そうでない時もあるらしい。




唐突に止まられた。
唐突だったので俺とぶつかった。
止まって気づいたんだが、大和の息も少し上がっているようだった。
ぶつかったことについて、お互いが特に触れる間もなく、大和は人差し指を伸ばして、スッ、とある点を指す。
欠けた部分のない月が、夜空にぽかりと浮いていた。

「見てくれよ鷹、夏の満月は位置も低いし、今にも手が届きそうだ」
朗々とした声も上がった口角も、確かに大和そのものだったが、いや、違う、いつもの鷹揚さがない。
妙にピリピリと神経質で、目だけは爛々と光るようだった。
ひょっとして君は何かに怒っているのか?でも、一体何に…?

「実際には、そんなのできっこないんだけど」
小声で連なる言葉の、皮肉めいた口調に確信する。
今日の大和は何かおかしい。
こんなに苛立って、怯えて、卑屈めいた大和を、俺は知らない。
どだい卑屈という言葉なんて、最も似合わない男だというのに。
"Lunatic"という言葉が頭を過る。確かにその日は、美しすぎる満月だったから。

できっこない、と言いながら、それでも大和は右腕を天に伸ばして、開いた掌をゆっくりと拳の形にした。

丁寧に、力強く…つらい恋でもしているかのように、切実に。


「…なんて美しい月なんだろう」
月光が大和を、青白く照らしている。








大和が《アイシールド21》でなくなった時のことを俺が知るのは、もう少しだけ後のことだった。